11日の最終便で短い沖縄の旅を終え東京に戻って来ました。
沖縄では4日間とも、雨まじりの強い風に見舞われサッパリでしたが、お会いしたかった友達には、望み通りお会いでき楽しい時間を過ごしてきました。
当初計画していた“ユタ”と呼ばれる人達とは、残念なが今回は接触できませんでしたが、ユタさん達との接触の多くの手がかりを今回の旅で得てきました。
次回にはキット多くのユタさんとお会いできるものと思っています。
今回は、我々内地の人間に見えてこない(見て見ぬ振りしているのかも)、現在の沖縄の人たちが抱きかかえる多くの問題の片端を、見た・見えてきた・気づかせて頂いた意義ある旅でした。
日本一の失業率・米軍基地と沖縄経済と沖縄の発展・防衛と平和と安全・等々・・・・・・
問われても俺には答えようのない、根の深い深い問題を肌で感じました。
1日目と2日目の午前中は、懐かしい友達に再会したり、ネット上でしか縁がなかった友達とお会いしたリ、沖縄の新鮮な海鮮料理を頂いたり、世界遺産を見学したりと、元気で楽しい時間を過ごさせて頂いて居たのだが、午後“ひめゆりの塔”にお参りに行き、VTRで“語り部さん・沖縄戦の生き証人さん”達のお話しを聞いたり、展示品を見て周っている間に、涙が目からこぼれ・鼻水が流れ・頬がベトベトに、
でも後ろにも前にも多くの見学者が!
涙を拭くにもハンカチを持っておらず、鼻水をかむにも鼻紙もなく、周りの人に気づかれぬように衣の裾でソーット拭い、目を真っ赤にして車へ戻ったのだがその後がダメ!
何か倦怠感に襲われ、身体から力が抜け落ちた感じ。
3日目はバンコク在住の友から紹介してもらった、沖縄出身でロック歌手としてライブ活動をしている青年に、いろいろ案内してもらいながら、美味しい沖縄ソバをご馳走になったり、沖縄の歴史を教えていただいたりしたのだが、ダメ!やっぱりダメ!
心が上の空!心が冴えない!胸が重い!身体中がナニカ重たい!
昨日聞いた“ひめゆりの塔の生き証人さん”のあの言葉が
『お母さん!お父さん!先生!助 け て〜!!』あの声が耳に響き胸が苦しい!!!
あんな苦しい声で、必死に叫んで死んでいった乙女・乙女・乙女・・・・・
『お前たち死んではダメだ!一人でも生き残って、このことを後世の人たちに伝えるのだ!』と、言い残して砲弾に倒れ死んでいった先生の声を胸に、倒れた学友の屍を砲火の下に残し踏み越え、生き逃れらた“今はもう老いられた生き証人”の悲鳴にも近い叫び、悲壮な訴え。
昨年の6月に、広島の原爆慰霊碑をお参りさせて頂いたときにも、心に鉛のような重みと・悲しさ,憤りを感じたが、今回は生き証人のお声を聞いたためか、あの時に感じた痛みより深い重みを感じた。
これは俺が去年より歳を重ねせいだけなのかも?
あんなに多くの人達が死に、あんなに多くの人が悲壮な叫び声で、あんなに多くの人達が平和を・戦いの終止符を訴えておられ、世界中の多くの人が『戦いを止めよう!世界に平和を!』と叫んでいるのに、今だこの地球から戦いはなくならない!
今この瞬間も地球のどこかで人の命が奪われ、大量殺人の道具と知りながら核を開発し造り続ける人が国がある。平和利用という逃れ口実で、これを正当し拡大を計る国がある。
世界中の人々の平和と平安と繁栄を唱える、俺を含む宗教家は一体なにをしているのだ!
仏教教団は、キリスト教教団は、イスラム教教団は・・・・・・それぞれその指導者は!
むつかしい教義を唱え、訳の判らん難しいことを並べ立てるのが宗教なのか・・・・・
難しい理論で・一般の人にサッパリ訳の判らん教義で、高等教育も受けられなかった人たちには聞いても理解できない宗教教義・宗教理論で、戦火を消せるのか?地球を平和にできるのか?無念を抱え込み『お母さん・お父さん・先生,助けて〜』と,今も悲惨な声をあげ死んでいく人を救えるのか。
『世界を浄化する!』
『不幸を祈りで・地震を祈りで治める!』
普通の人々には見えない力で本当に人類に平和が訪れるのか?
理不尽な理由で無念の思いで死んでいく人は無くなるのか?
戦火での死は無くなるのか?
俺もその宗教者の端くれに属する人間、胸が重たい!心が重い!悲しい!苦しい!
こんな俺にできることはせめて『心が全てを発する!』と言うブッタの言葉を細々と伝え
『今、この瞬間を生かせて頂いていることに、心からか“ありがとう!”と感謝し、この瞬間を大切にそして“生きとし生きるものが幸せでありますように”と心の底から強く念じて生きて行こう』と叫ぶだけ。
歯ぎしりするほどもどかしくって、苦しく恥ずかしい、なんの力もない男、それが俺です。
〜 生きとし生きるものが幸せでありますように 〜
沖縄では4日間とも、雨まじりの強い風に見舞われサッパリでしたが、お会いしたかった友達には、望み通りお会いでき楽しい時間を過ごしてきました。
当初計画していた“ユタ”と呼ばれる人達とは、残念なが今回は接触できませんでしたが、ユタさん達との接触の多くの手がかりを今回の旅で得てきました。
次回にはキット多くのユタさんとお会いできるものと思っています。
今回は、我々内地の人間に見えてこない(見て見ぬ振りしているのかも)、現在の沖縄の人たちが抱きかかえる多くの問題の片端を、見た・見えてきた・気づかせて頂いた意義ある旅でした。
日本一の失業率・米軍基地と沖縄経済と沖縄の発展・防衛と平和と安全・等々・・・・・・
問われても俺には答えようのない、根の深い深い問題を肌で感じました。
1日目と2日目の午前中は、懐かしい友達に再会したり、ネット上でしか縁がなかった友達とお会いしたリ、沖縄の新鮮な海鮮料理を頂いたり、世界遺産を見学したりと、元気で楽しい時間を過ごさせて頂いて居たのだが、午後“ひめゆりの塔”にお参りに行き、VTRで“語り部さん・沖縄戦の生き証人さん”達のお話しを聞いたり、展示品を見て周っている間に、涙が目からこぼれ・鼻水が流れ・頬がベトベトに、
でも後ろにも前にも多くの見学者が!
涙を拭くにもハンカチを持っておらず、鼻水をかむにも鼻紙もなく、周りの人に気づかれぬように衣の裾でソーット拭い、目を真っ赤にして車へ戻ったのだがその後がダメ!
何か倦怠感に襲われ、身体から力が抜け落ちた感じ。
3日目はバンコク在住の友から紹介してもらった、沖縄出身でロック歌手としてライブ活動をしている青年に、いろいろ案内してもらいながら、美味しい沖縄ソバをご馳走になったり、沖縄の歴史を教えていただいたりしたのだが、ダメ!やっぱりダメ!
心が上の空!心が冴えない!胸が重い!身体中がナニカ重たい!
昨日聞いた“ひめゆりの塔の生き証人さん”のあの言葉が
『お母さん!お父さん!先生!助 け て〜!!』あの声が耳に響き胸が苦しい!!!
あんな苦しい声で、必死に叫んで死んでいった乙女・乙女・乙女・・・・・
『お前たち死んではダメだ!一人でも生き残って、このことを後世の人たちに伝えるのだ!』と、言い残して砲弾に倒れ死んでいった先生の声を胸に、倒れた学友の屍を砲火の下に残し踏み越え、生き逃れらた“今はもう老いられた生き証人”の悲鳴にも近い叫び、悲壮な訴え。
昨年の6月に、広島の原爆慰霊碑をお参りさせて頂いたときにも、心に鉛のような重みと・悲しさ,憤りを感じたが、今回は生き証人のお声を聞いたためか、あの時に感じた痛みより深い重みを感じた。
これは俺が去年より歳を重ねせいだけなのかも?
あんなに多くの人達が死に、あんなに多くの人が悲壮な叫び声で、あんなに多くの人達が平和を・戦いの終止符を訴えておられ、世界中の多くの人が『戦いを止めよう!世界に平和を!』と叫んでいるのに、今だこの地球から戦いはなくならない!
今この瞬間も地球のどこかで人の命が奪われ、大量殺人の道具と知りながら核を開発し造り続ける人が国がある。平和利用という逃れ口実で、これを正当し拡大を計る国がある。
世界中の人々の平和と平安と繁栄を唱える、俺を含む宗教家は一体なにをしているのだ!
仏教教団は、キリスト教教団は、イスラム教教団は・・・・・・それぞれその指導者は!
むつかしい教義を唱え、訳の判らん難しいことを並べ立てるのが宗教なのか・・・・・
難しい理論で・一般の人にサッパリ訳の判らん教義で、高等教育も受けられなかった人たちには聞いても理解できない宗教教義・宗教理論で、戦火を消せるのか?地球を平和にできるのか?無念を抱え込み『お母さん・お父さん・先生,助けて〜』と,今も悲惨な声をあげ死んでいく人を救えるのか。
『世界を浄化する!』
『不幸を祈りで・地震を祈りで治める!』
普通の人々には見えない力で本当に人類に平和が訪れるのか?
理不尽な理由で無念の思いで死んでいく人は無くなるのか?
戦火での死は無くなるのか?
俺もその宗教者の端くれに属する人間、胸が重たい!心が重い!悲しい!苦しい!
こんな俺にできることはせめて『心が全てを発する!』と言うブッタの言葉を細々と伝え
『今、この瞬間を生かせて頂いていることに、心からか“ありがとう!”と感謝し、この瞬間を大切にそして“生きとし生きるものが幸せでありますように”と心の底から強く念じて生きて行こう』と叫ぶだけ。
歯ぎしりするほどもどかしくって、苦しく恥ずかしい、なんの力もない男、それが俺です。
〜 生きとし生きるものが幸せでありますように 〜
Comment*0

