<質問します>
外資系の証券会社に勤務しております。
交友関係はわりと華やかで、
食事会などで男性と知り合う機会も割とあり、
デートに誘って下さる方もいるのですが、
エッチが怖くて、なかなか踏み込んだ交際をする勇気がありません。
いい年をしてと笑われそうですが、まだ男性を知りません。
中の良い友人にも、この事は話したことがありません。
年も取ってきて、どうしたら良いか悩む事があります。
どうしたらよいでしょうか。
(40歳 OL)
<お答えします>
ハッキリ言います。
40にもなって、比丘の俺にこんな質問をされる貴女を疑います。
俺を玩具にして“からかって”居られるのか?
それとも馬鹿にしておられるのか?
俺はブッタの哲学に惹かれ、仏教を学ぶ身の比丘です。
仏教徒に授ける五戒では“淫らなことをしない”
すなわち夫婦間や恋人同士など以外の、
淫らな性行為を戒めています。
貴女がこの人ならと信頼でき『結婚しよう』と決意できる人が
現れるまで踏み込んだおつきあい(性行為を含む)に踏み込む
必要も、深い仲になる必要も何もない。
たとえ男を知らないまま、一生を終えてもそれで良いじゃないですか。
“歳を取ってきたのに”と悩む必要がどこにあるのですか。
貴女が『この人となら一生を共にできる』と、信頼できる人に出会う
までこのままで良いのだと俺は言い切ります。
恋だ!SEXだ!不倫だ!と気軽に男女の関係を結び、
“妊娠した!どうしよう”“相手の奥さんに踏み込まれた”
“社内で噂をされ困っている”と、
騒ぎ、泣いている女の人を俺は多く見ています。
だからと言ってむやみに男を怖がる必要もない。
男に媚びる必要も無い。
生々堂々と付き合えばよい。
男を見る目を育て、男を怖じることなく堂々と生きていけば良いのでは。
貴女は悩む必要はどこにも何も無いし
比丘の俺に、この質問にこれ以上答えられる智恵もありません。
(藤川チンナワンソ清弘)
オモロイ坊主の人生問答 「お釈迦様のお誕生日はいつですか?」
<質問します>
お釈迦様はいつ生まれたのですか?
花祭りがある、4月8日がそうだとか、
オモロイ坊主を囲む会さんが行う、
生誕祭が5月25日だとか。
また、素朴な疑問なのですが、
キリストの誕生日のクリスマスほど、
知られていないのはどうしてですか?
(21歳 女子大生)
<お答えします>
お釈迦様のお生まれになった日は、確かな文献が残されておらず
実際のところは判らないのです。
お釈迦様の誕生日だけでなく、インドの歴史は中国や日本と比べると
実にあいまいで、輪廻を信じる古代のインド人の宇宙観では、
時の経過は俺たち日本人が考えるような直線で経過するのではなく、
輪となっていて同じ軌道をクルクル回っているので、
100年前だとか200年前だとかの時の経過という意識が薄く、
文献も残っておらずお釈迦様の誕生日も、
お釈迦様が亡くなられた500年後くらいに初めてインド全土を治めた、
アショカ大王の残した石碑に刻まれた文章から推定するだけで
確実なことは不明なのです。
日本では貴女の言われるように、
桜の花の季節の4月8日と言う事になっていますが
タイ・スリランカ・ミャンマーなどの上座部仏教を信奉する国々では
5月の満月の日と言う事になっています。
それで『オモロイ坊主を囲む会』では、
一人でも多くの人達が集まりやすいように
連休が済んだ後の休日・5月25日を選んだのです。
貴女の言われるように、
仏教が千何百年も前から現在まで引き継がれてきた日本で、
キリストの誕生日のクリスマスに比べ、
お釈迦様の誕生日が知られていないのは、俺にもよく判りませんが、
俺は子供達を対象にした花祭り行事以外は、
お寺の僧だけの仏行事して行われ、
民衆には馴染みが薄かったのではと思います。
・・・が、誰か詳しいことをお知りの人が居られたら教えてください。
(藤川チンナワンソ清弘)
<質問します>
妻からの申し出で別居して2年になります。
子供はいません、というか出来ませんでした。
別居のきっかけは、当時私が会社を解雇され
収入がなくなった事もありますが、
私自身も妻の身勝手な振る舞いに我慢の限界でした。
私は現在も就職活動を続けながら、バイトをしておりますが、
たまに妻から電話もあり、たわいもない話を聞かされます。
妻は今年42歳になりますが、お嬢様育ちでプライドが高く、
離婚などというのは、世間体が許せないのだと思います。
離婚の話も、真剣に取り合ってくれません。
私は、別の彼女がいる訳ではないのですが、
新しい女性と円満な家庭を築き、
両親に孫の顔も見せてあげたいと思っています。
どのようにしたら、妻が別れてくれるのでしょうか?
(46歳 バイト)
<お答えします>
仏教では、全ての事象はその人の行いが『因』となり、
その因に基づいて『果』が生じると、
『因果』の法則(この世の真理)を説いています。
貴方は『私自身も妻の身勝手な振る舞いに我慢の限界でした。』
と言っておられるが、
その身勝手でプライドの高い女を妻に選んだのは貴方です。
一生の連れ合いとして、お嬢さん育ちの女を選んだのは貴方です。
誰かが、嫌がる貴方を“身勝手なプライドの高い女”
と無理やり結婚させた訳ではないでしょう。
自分の作った『因』は自分で刈り取らない限り、
誰も刈ってくれません。
自分が作った『因』の結果=『果』は、善きつけ・悪きにつけ、
全て自分で受けなければならない、
それを誰といえども代わって受けることは出来ない。
これが、この世の真理『因果』の法則です。
自分の作った『因』から生じた『果』も自分で刈れない男が、
よくも結婚しましたね。
子供じゃあるまいし、46歳にもなるこんな甘ったれた男に、
俺は情けないやら恥ずかしいやらで、かける言葉も知りません。
『新しい女性と円満な家庭を築き、
両親に孫の顔も見せてあげたいと思っています。』
真実そう思うなら
『たまに妻から電話もあり、たわいもない話を聞かされます。』
自分でも“たわいない”と思うような話をしていないで、
話すべきことを男らしく話したら良いでしょう。
貴方はナンヤカンヤと、もっともらしいご託を並べていますが、
未だに幼児性の抜けない甘ったれ小坊主だ。
こんな男に『新しい女性と円満な家庭を築く資格などない』
と俺は言いたい。
それよりも、さっさと奥さんと堂々と話し合い、
結論を出すべきです。
それが男と言うより、人間としての道です。
『どのようにしたら、妻が別れてくれるのでしょうか?』
俺はブッタの教えを学ぶ比丘だ。
その俺が妻と別れる方法なんて知っている訳ないでしょう。合掌
(藤川チンナワンソ清弘)
オモロイ坊主の人生問答「携帯を持たない、自宅通いの独身課長。」
<質問します>
私の課長は45歳で独身、自宅通いです。
勤め先は大手電気メーカーの地方支社。
課長は仕事ぶりもまじめで、いつも朝から夜遅くまで仕
事をしています。
ただ、携帯電話を持たず、自宅にPCも持たないので、
休日などに連絡を取る事ができません。
といって、ご自宅にお電話するのも気が引けます。
我が社では携帯電話も作っているので、
以前、携帯を持って欲しいと、
同僚らとかなりお願いした事がありますが、
「待ち合わせに遅れそうな時に、簡単に連絡ができるの
は、好ましくないから。」
と訳の分からない理屈を言われました。
課長は部下が20人折り程おり、
朝から夜まで仕事ばかり。
食事も3食社食ですし、服装もいつも同じ・・・。
このままでは、私たちとどんどん距離が開いていく感じです。
他人事なのですが、なにかお気の毒です。
何か課長にアドバイス頂けませんでしょうか?
(27歳 OL)
<お答えします>
人が100人居れば
100通りの違った人生があり
100通りの異なった性格があり
100通りの考えがあり
100通りの小説が書ける
その誰が正しくって・誰が誤っているか?
なんて、誰にも判断・評価できない。
仏教では『因果』を説いている。
全てには『因』があって『果』が生じる。
どんな『果』を得るかは、その人の行為の結果で
その人の行いによって受ける果は、
良きにつけ・悪きにつけ、全てその人が受けなければならない。
誰たりとも、それを代わって受けることは出来ない。
その課長の行為が、社会が社会秩序に反したり、
法を犯したり、会社・部下・社員・他人を傷つけたり、
害を与えたり、迷惑をかけない限り、それで良いではないですか。
『他人事なのですが、なにかお気の毒です。』と言う貴女のほうが、
課長に言わせれば『大きなお世話だ!』では。
貴女が本当に課長のことが心配なら、思いやりの気持ちで、
『課長、健康だけには気をつけてくださいよ』とか
『課長、たまには早く仕事を終え、
栄養のある美味しいものでも、皆で一緒に食べに行きませんか?』
と誘ってあげてはどうでしょうか。
合掌(藤川チンナワンソ清弘)
オモロイ坊主の人生問答「「正気を保つのが大変です」
<質問します>
昨年末に、食道ガンが発見されました。
生まれてこのかた、病院とは無縁だった自分が、
入院生活を初めて約2ヶ月、
放射線と抗ガン剤治療を続けてます。
果たしてガンは小さくなるのか、一体いつまで生きられるのか、
考えないように努めますが、そうも行きません。
副作用の影響か意識も散漫で、
本さえ読む気力も長くは続きません。
仏教の諸行無常が分かれば、
不安も少なくなるのかもしれませんが、
いったいどうすれば納得がいくのでしょうか?
(54歳 男)
<お答えします>
仏教は
『この生は苦しみに満ち溢れている』
と説いています。
その代表が『生・病・老・死』であると。
『生じたものは必ず滅する』これが全ての定め、
この世の真理です。
これは納得するとか、しないとか、言うものではなく
この世に生を受けた、なにものでも逃れられない、
厳然たる真理です。
『一体いつまで生きられるのか?』
これは癌に侵された貴方だけの問題ではなく
今日・今この時を生きている者・全ての不安です。
我が命は明日もある!朝になれば必ず目覚める、起きられると
誰が言いきれ、誰が保障できるのですか?
仏教では
『過ぎ去って戻らぬ過去を悔い、
まだ来ぬ未来を憂うものは愚者だ。
確実に生きていると言いきれるのは、
今・この時だけだ!
故に今のこの瞬間を真剣に見つめ、
生きていない者は愚か者だ!
死んだ人と同じだ』
と説いています。
死への不安は貴方だけのものではない。
生きとし生けるものは、全て死を恐れ、
不安と戦って生きているのです。
死を他人事だと思い、やがて確実に来る自分の死から目をそらし
自分を騙し・誤魔化し、必死で生きているのです。
今、貴方のやるべきことは、
誤魔化さないで事実をしっかり見つめ、
今できること、今やるべきことを
確実に行っていくことです。
体調と時間が許せば、一度『瞑想会』参加してみてください。
そして日々『ヴィッパッサナー』瞑想を実践してください。
『諸行無常』を頭で理解するのではなく
心と身体で、理解し納得できるようになります。
合掌(藤川チンナワンソ清弘)